2026/02/18

【エアマックス95】という名称の始まりは、いつなのか?

ナイキを代表する人気スニーカー【ナイキエアマックス95】
メーカーも当たり前に使っているこの名称ですが、この名称は元BOONのライターである岸伸和さんが、誌面で最新型のエアマックスと過去のシリーズを区別する目的で付記したのが最初です。
岸さんの著書【exclusive SNEAKERS IN JAPAN】の冒頭にも明記されているこのエピソード、1995年8月号の【BOON】と書かれているのですがこれは本当なのか?調査してみることにしました(ご本人了承済み)

マガジンラックから、該当する号をまとめて引っ張り出し調査します。
まずは上の画像に明記されている1995年8月号。
こちらで初めてエアマックス95と命名したとexclusiveの冒頭で明記されていますが、
実はこの号はイエローグラデのエアマックスが初めて誌面に登場した号になります。
並行輸入ショップのクレジットで29,800円のプライス。
当時毎号広告を出していたamスポーツさんの広告にも、カタログ画像と定価で掲載。

1995年9月号。シューベルト綾が表紙。
こちらには、ナイキの広告が掲載されていてエアマックスが載っています。

1995年11月号。
ダファーの店員さんが履いている写真で'95 AIRMAXの明記がありますが末尾ではありません。
今見てもこのコーディネートは完璧だと思います。
他のページでは年代はなくエアマックス表記のみ。

1995年12月号。
巻頭ページで、新色のブルーグラデ・レッドグラデ掲載。まだ明記無し。

1996年2月号。スニーカー大特集号。
1996年になりましたが、まだ95の明記はありません。

1996年5月号
ここで後継モデルのエアマックス96が末尾に'96の明記で掲載されます。

1996年8月号。100号記念スニーカー大特集号。

ここに掲載された歴代エアマックスを紹介する年表で、初めて【AIR MAX 95】の明記が登場します。
別ページの特集でもエアマックス95の記載。

この号の翌月、1996年の8月5日にBOON EXTRAエアマックス特集号が発売。
こちらで、AIR MAX 95の明記が定着します。

調査の結果、雑誌BOONで【エアマックス95】が明記されたのは1995年8月号ではなく1年後の1996年8月号でした。今となっては世界的に定着した名称が日本発というのは誇らしいと思います。

2026/01/28

Vintage Nike OTC Meeting 2026 / SHIBUYA TOKYO

年に一度のVINTAGE NIKE OTC MEETINGが今年も開催されました。
photo by sneakerqueen

日本全国(今年は大阪・鈴鹿のダスラー会のメンバーも)に加えて韓国、ドイツ、フランス、マレーシアからメンバーが参加してくれました。総勢60名。

今年のテーマは【オーボリ・ボストン・ニューボストン】



80sバスケットボールシューズコーナー。
去年、大阪skitのコレクションが放出されたので、初登場のレアシューズも。
ゴールド×ネイビーのバンダルシュプリームが2足
ナンバリングAJ6カーマイン
ターミネーターキャンバスLo

ターミネーターキャンバスHi。イエロー×ブラックのHOME&AWAY

選手別注エアフォース2。トーの形状に製品版に無い切り替えし有り
エアフォース2HOYAS
エアフォース2レッド×ホワイトHi&Lo
白ウィングマークAJ1ロイヤル
MVPメッシュ
フライトウェット
アメリカ製エアフォースワンホワイト×シルバー
サイドがメッシュになっていない個体は斜めナイキ
スウォッシュのレッドはペイント?
先日もオークションに出展されたロッドシュチュワートモデル(?)こちらはミッドソール1層。
10年ぶりに参加いただいたメンバーのレザーロードランナー
トキオ


マッチスウェード。本国のアーカイヴ以外でこれしか無い?
インターナショナリストSMUデッドストック。ヒールカウンターのレッドが強烈。


販促の特大テラT-Cが2足


1996年のコルテッツサンプル。エナメルアッパー。

ブラジル製コルテッツ。ぷっくりヒールが特徴。
キッズのトレーナーHi。ベルクロの位置が異なります。











私はLDVと初期アウトドアシューズ、サンプルのみで製品化しなかったエアアプローチを加えて展示してみました。






最後は恒例のスニーカーサークル。

こうして振り返ってみると、個別に撮るべきだったレアシューズもたくさん撮り逃しています。
年々オペレーションを改善して、ゆっくりできればと思うのですがいつも時間はあっという間。

参加いただいたメンバーの皆様ありがとうございました。